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京都地方裁判所 昭和47年(ワ)1075号 判決 1973年5月08日

原告

竹島孝行

被告

西谷広志

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

被告は原告に対し金二三五万二、〇〇〇円とこれに対する昭和四七年一〇月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

第二請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決と仮執行免脱宣言。

第三請求の原因事実

一  事故の発生

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四七年三月二四日午後一〇時二五分頃

(二)  発生地 京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町二〇番地清滝街道路上

(三)  加害車 軽四輪乗用自動車(京8ね九九一五号)

運転者 被告

(四)  被害者 原告

(五)  態様

加害者が清滝街道を南進してきたので、原告は、手をあげてこれを止め、道を聞こうとしたところ、加害車は停車せず、反対に原告をはねとばした。

(六)  原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。

右下腿開放性骨折、顔面挫創、両下腿挫創。

二  責任原因

被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条によつて責任がある。

三  損害

(一)  治療費 金四二万五、六四〇円

原告は、昭和四七年四月六日から同年七月二九日まで済生会京都府病院に入院し、同月三〇日から同年九月八日まで通院したその間の治療費。

(二)  入院中の雑費 金三万六、九〇〇円

一日金三〇〇円とし、一二三日間の入院雑費を積算。

(三)  休業損害 金二九万四、〇〇〇円

原告は、みぎ治療に伴い、次のような休業を余儀なくされた。

(休業期間) 昭和四七年三月から同年九月まで七か月

(事故時の月収) 金四万二、〇〇〇円(京都市立楽只浴場の火夫)

(四)  逸失利益 金七〇万五、六〇〇円

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。

(労働能力喪失の存すべき期間) 三年

(収益) 金四万二、〇〇〇円(月)

(労働能力喪失率) 三〇パーセント

42,000円×12月×0.3×3=453,600円

原告は、このほか、抜釘手術のため入院し、六か月休業の予定であるから、この損害は、金二五万二、〇〇〇円になる。

(五)  慰藉料 金一〇〇万円

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み金一〇〇万円が相当である。

原告は、長期療養を必要としたため失職した。

(六)  損害の填補

原告は自賠責保険から、治療費として金二一万〇、一四〇円の支払いを受け、これを(一)の治療費に充当した。

(七)  弁護士費用

以上により、原告は金二二五万二、〇〇〇円を被告に対し請求できるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士費用として金一〇万円を支払うことを約束した。

四  結論

被告に対し、原告は金二三五万二、〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年一〇月五日から支払いすみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告の事実主張

一  請求の原因事実に対する認否

第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。(六)は知らない。

第二項は認める。

第三項の損害額を争う。

二  事故態様に関する主張

原告は、高雄ドライブウエイに停車中の加害車の後方からのぞき込んだ。被告は、加害者に訴外太田充子を同乗させていたので、不安を感じその場を去り加害車を運転して京都市に向つたところ、原告らの車に追いかけられ、本件事故現場手前で追い越された。原告は、本件事故現場で、手を広げて加害車を停車させようとしたので、被告は反対車線に出て原告から逃げようとしたところ、原告は、更に反対車線にまで出てきて加害車に衝突した。

三  抗弁

免責

以上のとおり、原告は、まことに無暴な振舞いに出たのに対し、被告は、自己と同乗者の生命、身体、貞操に危険を感じ、防衛上やむをえず上記の行為に出た。従つて、被告には運転上の過失がなく、事故発生はひとえに原告の過失によるものであり、このほかに原因はない。従つて、被告は自賠法三条但書により免責される。

第五抗弁事実に対する原告の認否

原告が停車の合図をしたとき、被告は速度をゆるめ停車しそうになつた。ところが、被告は、どうしたわけか、急にスピードを上げ原告をはね飛ばして走り去つた。原告は、加害車に女の同乗者がいたことは知らなかつた。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  原告主張の本件請求の原因事実中第一項(一)ないし(四)、第二項の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様について判断する。

(一)  みぎ争いのない事実や、〔証拠略〕を総合すると次のことが認められ、この認定に反する証人後藤末実の証言、原告本人尋問の結果は採用しないし、ほかにこの認定に反する証拠はない。

(1)  被告(当時二一歳)は、昭和四七年三月二四日、交際中の友人訴外太田充子(当時二一歳)を誘つて、加害車でドライブに出掛けた。

被告は、同日午後一〇時ごろ、西山ドライブウエイの清滝入口の広場で、加害車を停め、車中で、太田充子と雑談をしていた。このとき、ドライブウエイの入口は閉つていた。

(2)  原告(当時二一歳)は、友人の訴外達本恵福(当時一九歳)、同後藤末実(当時二二歳)の三名で、後藤末実所有の普通乗用自動車(以下後藤車という)でドライブし、京都市から清滝街道を通り、前記入口まできた。後藤車を運転していたのは、後藤末実である。

(3)  原告らは、この入口広場まできたとき、加害車が一台だけ停車しているのに気付き、興味をおぼえた。

そこで、後藤末実は、入口広場で、Uターンして帰りかけたが再び入口広場に引きかえし、前照灯を消し、エンヂンを切つて、バツクで、入口広場から南側にある小倉山温泉に通じる細い坂道を下りて行つた。原告ら三名は、そこで後藤車を停めて降車し、加害車に近ずいた。

(4)  被告は、前照灯を消しエンヂンを切つてバツクで下りていく後藤車を見て、奇異に思つていたところ、それからしばらくして、原告が、加害車の後部から加害車をのぞき込んでいるのを認め、恐怖の念を抱いた。

そこで、被告は、原告らのいることを被告が知つていることを原告らに知らせようとして、運転席のドアーを一旦開けて殊更に閉め、エンヂンをかけて、ギアーをバツクに入れ、約一メートル程加害車を後退させた。被告は、入口広場を一回りして京都市方向に清滝街道を南へ帰つていつた。

(5)  原告は、加害車が急に後退して入口広場を一回りしたことに激怒し、後藤末実に加害車を追いかけるよう命じた。

(6)  後藤末実は、時速約八〇キロメートルで加害車を追尾し、前記広場入口から、約六〇〇メートル程京都市へ行つた清滝街道上で加害車を追い越した。

被告は、後藤車が追い越して行つたことが判り、安堵した。

(7)  原告は加害車を追い越した後、後藤末実に停車を命じた。

そこで、後藤末実は、前記追越地点から約五〇〇メートル程行つた本件事故現場で停車した。

(8)  本件事故現場は、北行車道四・九メートル、南行車道三・八メートルの歩車道の区別のない舗装道路(制限速度四〇キロメートル)である。センターラインは引かれているが、周囲は暗かつた。

(9)  被告は時速約五〇メートルで、本件事故現場に差しかかつたとき、前方約一五〇メートルの南行車道東側に後藤車が停車しているのを発見した。

被告が約四五メートル程接近したとき、後藤車から一人の男が降車し、道路中央に出てくるのを発見し、約二七メートル程行つたとき、その人が両手を横に拡げ停車を命じる恰好で道路中央に出てくるのが認められた。

被告は、ハンドルを右に切つて、対向車線に出て行き、この人の西側をすり抜けて行こうとした。

被告はこの男の命令に従つてそこに停車したとき、どんなことをされるか判らないと考え、恐怖のあまり、加害車の速度を落さず、原告の指示どおり停車することなく、そのまま反対車線を進行していつたところ、前記の男が道路中央線をこえて加害車の進路に出て行つて立ちふさがり、そこで、加害車と衝突した。

この男が原告である。

(10)  本件事故のとき、他の車両の通行はなかつた。

(二)  以上認定の事実から、次のことが結論づけられる。

(1)  被告が、原告らの一連の行動から、三人組に被告と、同乗者である太田充子に対し、何らかの危害が加えられると考えたことは、まことに無理からぬことであつた。

特に、深夜、他の車両の通行のないとき、若い女性を同乗させていた被告が、恐怖感に襲われたことは、もつともなことである。

(2)  原告が、加害車を停止させようとし、道路中央まで、両手を横に拡げて出て行つて立ちふさがつたことは、まことに危険な暴挙であつた。原告は、被告が、指示に従つて、そこで停車すると考えたこと自体軽率のそしりを免れないばかりか、停車しそうにもない加害車に向つて危険を顧みず道路中央まで出て行つたのである。被告にはこのとき、加害車を停車させる必要も義務もなかつた。

(3)  このようにみてくると、原告のこの行為は、全く向う見ずな暴挙であり、この行為から生じた結果は、自ら招いたものとして、甘受しなければならない。

これに対し、被告は、原告の姿を認め、ハンドルを右に切つて反対車線に出て原告の西側をすり抜けて行こうとしたのであるから、被告のこの運転に責められるべき過失はなかつたとしなければならない。

(4)  本件事故の原因は、原告の前記暴挙にあり、ほかに、その原因はない。

従つて、被告の自賠法三条但書の免責の抗弁は理由がある。

三  以上の次第で、その余の判断をするまでもなく、原告の本件請求は失当であるから棄却し、民訴法第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長)

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